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あの日より。

今日はハンドメイドネタではありません。

また、多分に個人的な意見が含まれますし、
愚痴的要素も含まれますので、
読まれる方はそのあたり、ご了承のうえお読みください。

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今日であの日から20年。
そしてあの日より1年がたちました。


20年前のあの日、私はまだ高校生で。
被災地からは遠く離れた実家暮らしでしたが、
地震で揺れ始める数秒前に「はっ」と目が覚め、
そのあと家が壊れるんじゃないか!?というぐらい揺れたのを思い出します。

当時、須磨区と垂水区に親戚がいて
須磨の親戚の家は全壊したものの住んでいた親戚は無事。
垂水区の親戚の家は家財は損傷したものの家屋と親戚は無事でした。

数時間たち、TVから流れた映像は衝撃的なものでしたが、
大人が大騒ぎするほど、衝撃は受けなかったというか、
私は大騒ぎする大人たちをどこか冷めた様子で眺めていました。
なんだろ、バブルが崩壊したとか言って大騒ぎする光景を見てきたからでしょうか。
なんだかそれに近い物を感じていました。


そして、関西に住み、
その日に娘を出産した今となっても、
やはりどこか部外者感を感じています。


それも先日。

被災者の多くが被災前と比べて幸せではないと回答した
というニュースを知ってからより強く感じるようになりました。


それ言われちゃうと、きついよなぁって。



もちろん、あなたは被災してないからわからないって言われちゃうと
それまでなんですが。

でも、じゃぁこれまでの20年はなんだったのかなって思っちゃって。
知ってても知らなくっても、懸命に生きてきた年数はかわらないし。

失ったものと比べても…どうしても今これからが劣るなんて思えなくて。
なんか逆に私たちが生きてきた時間を否定されている気もしなくはなくて。
特に失われた20年世代だから、よりそう強く感じるのかもしれないですが。
人の人生勝手に失われたとか言わないでほしいよなって。常々そう思ってるので。

話がずれましたが、でもきっとそういう私の考えも、被災した人からすれば
若いから(決して若くはない年なんだけど)、被災してないから、
って、そう突っぱねてしまえるようなものなのでしょうけれど。

でも、突っぱねないで聞いてほしいし。
閉ざしてないで語ってもほしい。

知らないからこそ、共有したいのです。



私だって例外じゃなくて。
これから私の人生にも、この日に生まれた彼女の人生にも、
艱難辛苦が降りかかるでしょう。

だから私はその時に、
今のこの自分の言葉に自分が励まされるような自分でありたいです。


持ってる物の数は少なくても、それが理不尽に失われたとしても、
それでも生きてきた分だけ幸せだけは持っていたいし。

生きてきた分だけ誇れる自分でありたいのです。

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私にとって、この日生まれの彼女はその決意を示す存在でもありますし。
この日生まれを一生背負う彼女には、いつか分かってほしいと思います。


ありがとう。

だからがんばるよ。



うーんなんだかうまくまとまらないや。(@д@)
っていうか、チビ吉のこと忘れてないですよ。あ、相方もか。

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